パピヨン”カルラ”とお出かけ〜京都の夏 祇園祭 後祭 その7〜

(o’ω’o)b コンニチワァ♪ 父ちゃんです。

今回は祇園祭の最終回、後祭の色々な場所で行われていた屏風祭や、「休み山」で巡行復活を目指している「鷹山」のご紹介などをしていこうと思います。

🐾 休み山 鷹山

祇園祭における「休み山」とは、以前は巡行を行っていたが、何らかの理由で現在は巡行を行っていない山鉾のことです。

現在、「布袋山」と「鷹山」が休み山となっていて、前祭では布袋山が、後祭では鷹山が御神体や懸装品を披露する「居祭」を行っています。2014年に巡行が復活した大船鉾もそれまでは休み山で居祭を行っていました。

祇園祭 鷹山

▲鷹山

鷹山は応仁の乱以前から存在する由緒ある山鉾で、「くじ取らず」の曳山で大船鉾の前を巡行していました。

別名「鷹匠山」や「行平山」などと呼ばれ、中納言・在原行平が光孝天皇の御幸で鷹狩をする場面がモチーフとなっています。

御神体は三体、鷹を手にもつ「鷹匠」犬を引く「犬飼」そして手にした粽を食べるカラクリがある「樽負」です。特にカラクリがある樽負は同じようにカラクリでうごく蟷螂山のカマキリとともに大変人気があったようです。

祇園祭 鷹山の御神体

▲鷹山の御神体

鷹匠は残された記録から在原行平であることがわかっています。一説には犬飼が行平の弟・在原業平で樽負が行平の息子・在原遠膽がモデルであると伝えられています。

御神体の横に掛かる見送は、祇園祭の懸装品を多く手掛ける皆川月華の「染彩猛禽之図」です。

鷹山の御神体で注目は犬飼の足元の犬です。

祇園祭 鷹山の御神体

▲犬飼に引かれる犬

かわいいワンちゃんですが犬種はなんでしょう?毛色もダルメシアンのような感じで和犬っぽくないです…今から200年くらい前につくられた、この犬のモデルの犬種が知りたいですね。

もうひとつ、この鷹山で見逃せないのは授与品の犬みくじです。

祇園祭 鷹山の犬みくじ

▲鷹山の犬みくじ

御神体のワンちゃんより少しふっくらとした可愛い姿をしています。中にはおみくじが入っていますよ。

パピヨンと犬みくじ

▲新しい家族ワン??



🐾 後祭の屏風祭

後祭でも前祭同様、町屋の軒先に屏風などが飾られる「屏風祭」があちこちで行われています。

後祭では前祭よりも多くの町屋で屏風祭りが行われていて、それぞれの町屋で自慢の品を見学することができます。人出も前祭より少ないのでゆっくりと楽しむことができますよ。

まずは北観音山周辺の屏風祭です。

祇園祭 屏風祭

▲藤井紋さんの屏風祭

藤井紋さんは大正時代に創業された呉服卸さんで毎年素晴らしいしつらえを見せてくださいます。左手の六曲一双の屏風は「浜松鶴図屏風」、京都で描かれてものですが作者は不明だそうです。

奥の屏風は「念仏狂言図」京都出身の日本画家・三宅凰白の作品で「桶取」という演目を演じる直前の様子が描かれています。

藤井紋さんのお隣「京都生活工藝館 無名舎」でも屏風祭りが行われています。

祇園祭 屏風祭

▲無名舎の屏風祭

さらに新町通を北上すると六角館さくら堂さんでも屏風祭が…

祇園祭 屏風祭

▲屏風祭

祇園祭 屏風祭

▲源平合戦 鵯越の坂落し

祇園祭 屏風祭

▲源平合戦 屋島の戦い

こちらは製作年代や作者は分かりませんが、大変色鮮やかな屏風でした。

つづいては八幡山周辺の屏風祭です。

祇園祭 屏風祭

▲「摺物貼交屏風」

まずは八幡山保存会さんが所有する屏風「摺物貼交屏風」。この屏風は浮世絵の摺物とよばれるものの複製品を使って貼交屏風に仕立てられたものです。

摺物は非売品で、趣味人が自分好みの版画を作らせ贈り物として仲間内に配ったものです。趣味を競うため、採算は度外視してつくられており、海外のコレクターからも大変人気がありました。

明治以降、海外向けに摺物の複製品が作られ、この屏風はその複製品を手に入れた京都の収集家が仕立てたもののようです。

祇園祭 屏風祭

▲「光琳百花図屏風」

▲「光琳百花図屏風」

もう一種類、八幡山保存会さんの所有する屏風が展示されていました。六曲一双の屏風で金地に春夏秋冬の花々が描かれています。落款によると天明2年(1782年)に円山応挙が尾形光琳の屏風絵をうつしたものであるそうです。

祇園祭 屏風祭

▲大日家 屏風祭

祇園祭 屏風祭

▲大日家 屏風祭

大日家さんも毎年素晴らしい屏風を拝見させていただけます。

京都の町屋らしいこじんまりとした間口の格子窓から中をのぞくと、「鰻の寝床」と称される奥行きのある造り。そこに2種類の屏風と素晴らしい敷物がしつらえられています。

鶴が描かれた屏風は京都に住んでいた日本画家・土佐光武の作、龍の描かれた屏風は江戸時代のもので作者は不明、敷物は「幻の緞通」と呼ばれる赤穂緞通です。

さらに八幡山の鉾の前には「紫織庵」という町屋があります。

紫織庵

▲紫織庵

江戸後期、名医・荻野元凱がこの地で医院を開き、明治時代まで医院と門弟の教育所として使われました。

大正15年に豪商・四代目井上利助がモダンな洋間を加えて新築、昭和40年から平成9年まで川崎家の本宅兼迎賓館として使用されていました。

普段見学の際は予約が必要な様ですが、祇園祭の期間は予約不要で見学できます。(別途入場料が必要です、ペット連れは不可だと思います)

紫織庵

▲紫織庵

紫織庵 一階洋間

▲紫織庵 一階洋間

内部は「関西建築界の父」と呼ばれる武田吾一設計の洋間や名工・上坂浅次郎による茶室、素晴らしいお庭や屏風を拝見することができます。

紫織庵 庭園

▲紫織庵 庭園

紫織庵 庭園

▲紫織庵 庭園

最後は黒主山の側で見ることができる木村英輝さんの幟です。

木村英輝 昇り鯉

▲昇り鯉

2008年に老舗の帯問屋・誉田屋源兵衛さんの創業270年を記念して造られてたもので、270年にちなんで270匹の鯉が泳いでいました。その後一年ごとに一匹追加され、今年は創業279年になるので279匹の鯉が泳いでいます。

昇り鯉とパピヨン

▲鯉がたくさん泳いでいるワン🐾


🐾神幸祭と還幸祭

祇園祭でのお出かけ、最後は四条御旅所にいらっしゃる八坂の神様にご挨拶に行きました。

祇園祭 四条御旅所

▲四条御旅所

祇園祭の前祭の巡行が終わると、八坂神社から主祭神である素戔嗚尊と御妃の櫛稲田姫命、そして二人の間に生まれた八人の皇子・八柱御子神がそれぞれ神輿に乗せられて氏子町内を巡行、四条御旅所を目指します。

祇園祭 中御座神輿

▲中御座神輿

中御座神輿には主祭神である素戔嗚尊を奉祀しています。屋根に鳳凰をいただく六角形の神輿です。東御座神輿には櫛稲田姫命を奉祀、屋根に擬宝珠をいただく四角形の神輿。西御座神輿には八柱御子神を奉祀、屋根に鳳凰をいただく八角形の神輿です。

祇園祭 東御座神輿

▲東御座神輿

神輿は24日の巡行が終了すると再び氏子町内をまわり八坂神社に帰ります。この行事を神幸祭と還幸祭といい、八坂神社における祇園祭の中心行事になります。

以上で祇園祭のお出かけはすべて終了。長々とお付き合いありがとうございました。

祇園祭 北観音山の車止の札

▲来年もカルラとお出かけできますように…

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